スペースシップ・ジャンクヤード、ロシア、2000年

写真の70年、マグナム・フォトの70年

1947年にニューヨークの近代美術館で旗揚げされた、マグナム・フォト。ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアが創設メンバーに名をつらね、会員が共同運営する写真家の集団として活動を続けてきました。

2017年に、創設70周年を迎えるマグナム・フォト。多種多様なバックグラウンドを持つ写真家集団の歴史とこれからの展望について、マグナム・フォト東京支社の小川潤子さんに聞きました。
※トップ画像/スペースシップ・ジャンクヤード、ロシア、2000年

ノルマンディー上陸作戦、1944年
ノルマンディー上陸作戦、1944年

マグナム・フォトができた経緯について教えてください。

第二次世界大戦が終わったのが1945年。創設メンバーは皆、戦時中に報道写真家として取材をしていて、そこで撮った写真を『LIFE』のようなグラフ誌に載せていました。当時はテレビもなく、人々が世の中で起こっていることを知る手段において、グラフ誌が占める割合は大きかったのではないでしょうか。その頃は、写真家が撮ったものはフィルムごと出版社に送ってしまって写真家の手から離れてしまうので、勝手にトリミングされたりキャプションを付けられたり、いわゆる好き勝手をされていたのです。なおかつ、撮った写真の著作権はすべて出版社に帰属していて自分のものではなくなっていました。だから、撮った写真の権利を守るために、また権利を主張していこう、と発足したのがマグナムでした。最初はニューヨークとパリに、その後にロンドンと東京に支社ができて、今の拠点は4つあります。

東京に支社ができたのは、1989年11月。マグナムとしてはもっとグローバルに展開したいという目的があり、またアジアの写真家をもう少し仲間に入れたいということもあり、アジアに拠点を置くことにしました。80年代後半のアジアの中心といえば、経済的な意味では日本でしたし、ストック写真のマーケットが充実していたのも日本。それに、カメラの多くは日本製。そこで東京に支社ができました。

これまでに100名近くの写真家が参画し、現在の正会員数は49名。日本人に久保田博二がいます。

2016年マグナム・フォト年次総会
2016年マグナム・フォト年次総会

なぜ、マグナムは70年も続いてきたと思いますか。

まずは、時代に合わせていろいろな形に変わりながら進んできたことが一つあると思います。元々は写真家の権利を守るために発足しましたが、ビジネスとしてはBtoBの組織です。ですが今は、BtoCの時代。一般の人向けに特別なサイトを立ち上げ(英文のみ)、撮影秘話や裏話といったいろいろな企画を、読み物のように興味深く読んでいただける構成になっています。

また、エデュケーション(教育)と我々が呼んでいるワークショップをハイエンドアマチュアの写真家向けに行ったり、一般の人が買いやすいようにオリジナルプリントの廉価版を作ったり。次世代のフォトグラファーを育てるべく、コンテストなども企画しています。

もう一つ、一番の原動力は写真家の思いの強さ、ではないでしょうか。マグナムがなければ、キャパやカルティエ=ブレッソンの作品が今の時代にまで残ってはいなかった可能性があります。写真家は孤独な職業ですが、グループになれば権利の主張もできるし大きい企画もできる。歴史的瞬間を切り取った写真をアーカイヴしてきちんと管理し、発信し続けていくことができるのは、やはりマグナムという集団の力ですし、それを写真家達が自分達も同じことをしたいという思いの元に集まってきているから、メンバーが変わっても思いは変わらないし、写真を後世に残そうとしています。そういう写真家の思いが、70年続いてきた原動力なのではないでしょうか。

ニューヨーク、2001年9月11日
ニューヨーク、2001年9月11日

報道写真を取り巻く時代性や、人々の意識の変化を感じていますか?

見る人や撮る人の意識の変化というよりは、発表の場の変化を強く感じています。発足当初はテレビがまだなく、伝えるメディアとしては写真しかありませんでした。ですからその時代の証言として写真を撮っていたのですが、そのうちテレビが普及して今はインターネット。写真家が写真を見せられる場は、インターネット上か写真集か写真展のどれかになりました。

ただマグナムで大切にしているのは、誰かが写真家に命じて撮影をさせることではなく、写真家が自分でテーマを見つけてそれを掘り下げて撮るというスタイル。そのため、インターネットは親和性が高く、発表しやすくなったという一面もあります。

報道写真は、時代と共に扱われ方が変わってきています。紛争地域で自分の撮った写真が額装されて美術館の壁に飾られるなんて、たとえキャパでも夢にも思わなかったのではないでしょうか。でもその美術館の壁に飾っても残ることができる写真を撮ることができるのがマグナムの写真家であって、その点については変わらないのではないかと思いますね。発表する場は変わってきましたが、根底にあるものは変わらないのです。

リビア、2011年
リビア、2011年

これからの70年について、どのようにお考えでしょうか。

よりビジネスライクになっていくと思います。今まではファミリーというか仲間のような人達が集まっていたという印象ですが、5年前からビジネスサイドを強化すべくポジションを新設して、ビジネス関連はそちらに集中させ、写真家は写真を撮ることに専念するという分業化を推し進めていくのが次のステップだと考えています。

70周年の記念イベントについては各拠点でいろいろな企画があって、一番の目玉は「マグナム マニュフェスト」という写真集の出版と写真展。70年の歴史を振り返る写真展は、ニューヨークのICP(国際写真センター)で開催されます。日本では、7月1日(土)〜9月18日(月)まで京都文化博物館で「パリ・マグナム写真展」が、10月6日(金)〜25日(水)まで東京ミッドタウン・FUJI FILM SQUAREで「マグナム・フォト展」が開催されます。

過去の写真には有名な作品も多いですが、そのせいか日本ではマグナムのイメージが「まだあったんだ」と過去のものとしての扱いなことも。そうではなくて、新しい活動もたくさん行っているのだということをお伝えしていきたいです。マグナムの歴史は写真の歴史でもあると感じますが、過去にこだわりすぎる70周年にはしないようにしていきたいですね。

ロバート・F・ケネディの葬儀列車、1968年
ロバート・F・ケネディの葬儀列車、1968年

小川潤子(おがわ・じゅんこ)
profile
1989年、マグナム・フォト東京支社の創設に参画。2003年よりディレクターに。